「秋田街道」 宮沢賢治
向ふの方は小岩井農場だ。
四っ角山にみんな一緒にぺたぺた座る。
月見草が幻よりは明るくその辺一面浮かんで咲いている。
マッチがパッとすられ莨の青いけむりがほのかにながれる。
右手に山がまっくろにうかび出した。
その山に何の鳥だか沢山とまって睡ってゐるらしい。
並木は松になりみんなは何かを云い争う。
そんならお前さんはここらでいきなり頭を撲りつけられて殺されてもいいな。
誰かが云う。
それはいい。
睡そうに誰かが答える。
道が悪いので野原を歩く。
野原の中の黒い水たまりに何べんもみんな踏み込んだ。
けれどもやがて月が頭の上に出て月見草の花が
ほのかな夢をただよはしフィーマスの土の水たまりにも
象牙細工の紫がかった月がうつりどこかで小さな羽虫がふるふ。
けれども今は崇高な月光のなかに何かよそよそしいものが漂ひはじめた。
その成分こそはたしかによあけの白光らしい。